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わたくしことkanakanaが、思ったことを書き散らす場です。

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「ジャーナリスト」とは

NHKを辞めた堀潤の動向についていろいろと取り沙汰されているが、
次のような意見を読んで、それはちょっと違うんじゃないかと思った。

堀さんが「ジャーナリストとしての訓練はまったく受けていない」かどうか、
わたしは知らない。が、本人がそういう立場を目指していることは明白だろう。
まだ訓練を受けていない人間に期待をしてはいけないのか、と思った。

つーかそもそも「ジャーナリスト」「ジャーナリズム」ってなんなのか
(原義も、上の文章での意味も)よく分かっていないんだけど。エヘヘ。

日々に生起する社会的な事件や問題についてその様相と本質を速くまた深く公衆に伝える作業。

引用元:ジャーナリズム とは - コトバンク


調べたらこんなふうに書いてあったよ。
「深く伝える」ってところがアナウンサーとは違う部分なのだと言っていいようだ。

ところで、NHK所属のジャーナリストって、パッと思いつかないな。
沢嶋雄一はNHKではなくてタイムスクープ社の社員だし、
「ジャーナリスト」って字幕案内の付いた専門家に
ニュースでときどきコメントを求めているけど、あれも外部の人間だよな。
そういう肩書きはNHKにはないんだろうか。


閑話休題。

そもそも堀さんはニュースウォッチ9でリポーターを務めていた頃から
「スタジオの中での番組作りだけではなく、街へ出て取材をし、
市民視点というか、草の根的というか、庶民感覚を大切にしたい」
と言っていた。はず。ソースが見つかりませんでしたが。
※確かNHKアナウンスルームの本人記事で読んだんだったと思うけど、
退社してページが削除されてしまったようだ。

ニュースウォッチ9は、文章原稿を準備しない
NHKとしては異例の報道番組だということは、放送開始時に非常に話題になった。

アナウンサーとキャスターの違いは何ですか。

アナウンサーは職業の種類で、キャスターは番組の中での役割の一つだと考えてください。ニュースキャスターという言葉にはっきりした定義はなく、アメリカではアンカーと言ったりしています。一般的にはニュース番組の総合司会者、束ね役、仕切り役、またはニュースを伝えながら解説する人を指します。

引用元:Q&A - NHK アナウンスルーム


メインキャスターは単にニュースを読むだけじゃなくて
ときどき自分なりの解釈や意見を述べたりするんだけど
「アナウンサーのくせにけしからん! ニュースを正確に伝えることに徹しろ!」
という声もあちこちでたくさん見かけた。

そういう番組で各地に飛び回った経験が
いまの堀さんの姿勢の元になっているのは間違いない。
と、NHK好きのわたしは断言します。

それがジャーナリストとしての訓練になりうるかどうか、また、
堀さんの目指す立場や取っている行動が正しいかどうかはともかく
「期待しちゃいけない」というのはおかしーんじゃねーの。
という話でした。長かったけど終わり。

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琢磨が優勝した

F1の話題に引き続き、インディのニュース。

インディカーシリーズといって
主にアメリカを舞台に行われているスピード重視のレースがあるのだが
21日に行われた今期第3戦ロングビーチグランプリで
元F1ドライバーの佐藤琢磨が日本人初の優勝を成し遂げた。

わたしが感動したのは、優勝そのものだけではなく、
この結果がNHKニュースのスポーツコーナーで報じられたこと。
時間にすれば1分足らずだが。動画は↓のリンクで見られます。
インディカー 佐藤琢磨が日本人初優勝

だってさ、前述の記事の「F1は特殊なスポーツ」という内容にも関わってくるが、
F1を見始めて10年未満のわたしにとってさ、モータースポーツってさ、
民放チャンネルで自動車メーカーのCMだらけで放映されるものだからさ。
アイルトン・セナ大人気の20年前ならそうでもなかったのかもしれないけど。
日本人が活躍すればきちんとこうやって取り上げられる話題なんだという感慨。

んでまた琢磨のインタビューがよかったんだよ。
地震で大変な思いをしている日本にいいニュースが届けられてよかった
って、2年経っても琢磨が震災被害を心にかけてくれていることとか、
自分の活躍をそんなふうに自信をもって誇っていることとか。

非常に嬉しいニュースでした。

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「あまちゃん」公式サイトの小泉今日子の発言について

今期のNHK朝の連続ドラマ、「あまちゃん」。
ニュースを見終わってそのままテレビをつけっぱなしにしているだけで
ドラマ自体はほとんど見ていない。

のだが、斜め見してたら、登場人物が東北弁で喋るときに字幕が出ていて軽くムッとした。
毎朝熱心に視聴しているカーチャンに訊いたら
「そんな場面は今まで一度も無かった」と言うので、
わたしの見間違いかもしれないな。それならごめんなさい。

とりあえずムッとした理由を説明するとですね
斜め見なので状況がよくつかめなかったが、
東京育ちのヒロインにとって東北弁がキツ過ぎたときに、一度字幕が出たのかな。
でもそれは劇中でもヒロインにはニュアンスでしか通じていない場面のようだった。
なのであえて標準語に翻訳して視聴者に見せる意味はねーんじゃねーのと思った。

そういうわけで、ドラマ自体はほとんど見ていないのですが、
ヒロイン役の能年玲奈がいろんな告知番組に出ているのがめちゃくちゃかわいい。
すげえたどたどしい。初々しいのではなくたどたどしい。
最初は鬱陶しく感じたのみでしたが非常にかわいく思えてきた。

いや今日はそんなことを書きたいんじゃないんだ。
ドラマ本体を見ていないのに批判ぽいことを書きたいので、すみません。


見ていないのですが、斜め聴きのオープニング曲がおもしろいなと思って、
何か情報が載っていないか公式サイトを見ていた。
そこで目についたのが、ヒロインの母親役、小泉今日子の言葉だ。
公式サイトは書き換わるかもしれないので、一応ウェブ魚拓も貼っておこう。

私がイメージしていた“朝ドラ”のお母さんとはちょっと・・・いや、かなり違いますね。ヒロインのいちばんの理解者で、いつも笑みを絶やさないお母さんが私の“朝ドラ”のお母さん像でしたが、春子はヒロインや周りの人たちに当たり散らします(笑)。

これはあまり良くない発言だと思うのですよ。

わたしは朝ドラオタではないけれど、それでもパッと思い付くだけで3作品で、
上記で述べられたものとは違う母親の描き方をしている。
  • 2000年私の青空では、ヒロインは茶髪のシングルマザーである
  • 2009年つばさでは、ヒロインのカーチャンは失踪のち戻ってきてトラブルメーカーとなる
  • 2010年てっぱんでは、ヒロインのカーチャンはシングルマザーであり、ヒロインの父親が誰なのかは物語後半まで明かされなかった

シングルマザーの是非とか、劇中でその母親がどういう役割を果たしたのかとか、
ここではそれを問いたいわけではない。

それでもやっぱり上で挙げた3例は、
「NHK」「朝ドラ」と言って想像されるような、
いわゆる「理想の、いいお母さん像」とはかけ離れた表現だと思う。

逆に言うと、NHKだから、朝ドラだから、というような
定型的な表現から最近のNHKは脱しようとしているのだ。

それなのに、「ほぼ毎日朝ドラとあさイチを見ている※」と言う今回のキャストが
これまでの作品を否定するような発言をしてしまうのは問題ではないだろうか。
※今朝あさイチの「プレミアムトーク」に出演した本人発言です


まぁあんまオチもないんですけれども
「NHKなのにすげー」とか「NHKでこんなんいいのか」とかいう意見をよく見るので
そんなことないんだぜ。という常日頃からの思いをしたためてみました。

ちなみに、オープニング曲の情報は、公式サイトにはなかったけれど
作曲者である大友良英のブログに掲載されていました。
朝ドラ「あまちゃん」演奏メンバー発表 - 大友良英のJAMJAM日記
このメンツで130曲とか、さらにシークレット企画カラオケもあるとか、すげー豪華。

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「鶴瓶の家族に乾杯」に於ける栗山千明の美しさについて

はてなブログからの記事移転です。

 おとといの家族に乾杯を見ていて、栗山千明はとても礼儀正しくまた無邪気に明るくかわいらしかった。通常のゲストや鶴瓶が「家族に乾杯なんですけど~、どうも~」とか言いながら無造作に一市民の生活に侵入していくところを、栗山千明は「あの、NHKの、鶴瓶の家族に乾杯という番組でこの街を訪れさせていただいております、栗山千明と言います、どうぞよろしく、ところで今ちょっとお時間よろしいですか? お話させていただいてもよろしいでしょうか?」と。
 なんて美しいんだ。
 みんなが目を奪われたあの鮮烈なキルビルでのドSっぷりや、2chでよく見る「千明様にいたぶられたい」という例のネタ、我々はあまりにもそのイメージに囚われ過ぎていなかったかと。猛省したのです。

 しかし前述の番組内で「タコが食べたい、できれば刺しで」などといかにも酒豪っぽい発言をしていたのは事実だ。そしてあの美貌はあの吊り目の魅力に起因することも恐らく真実だ。ということは千明様は、やはり、見た目違わず豪傑且つ冷徹な恐ろし女性なのだろうか。
 性格が表情を作るのか、表情が性格を作るのか。それともその表情もまた、彼女の単なる特徴であって、そういうイメージを作り売り出すための持ちネタの一つに過ぎないのか。というようなことを考えた。

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中学生日記「だって好きなんだもん!~“腐女子”だって恋をする~」を見て思ったこと

 もう一昨日になってしまいましたが、中学生日記を久々に *真面目に* 見ました。「NHKがヲタ文化を!」ということで注目された今話のようでしたが、実はNHKって昔っからヲタのすくつなんだぜ、だから大好きなんだぜ、というのはさておき、あらすじ。

東桜中3年C組の平川佳奈(ひらかわ かな)は、文章を書くのが大得意。土岐頼晃(とき よりあき)と共にクラスの新聞委員を引き受け活動をしている。そんな佳奈には誰にも言えない秘密がある。佳奈はボーイズラブに熱中する“腐女子”なのだった。佳奈を腐女子の世界に引き入れたのは、同じクラスの中島由美子(なかしま ゆみこ)。クラスの誰とも関わろうとせず、変わり者あつかいされている由美子と、明るくて人気者の佳奈。一見、正反対の存在だが、ふたりは「隠れ腐女子」の絆で固く結ばれているのであった。 しかし…。

 注:あらすじを含む番組紹介は、こちらにキャッシュ保存をしてあります。ただしフレームのおかげで見にくいです、あと、魚が恐いです。ちなみに、毎週更新される公式サイトの次回予告はこちら。(070617追記。次回予告の動画はもう見られないようですので、ご注意ください。)
 もうこのあらすじを読んだだけで大体の物語が分かってしまう感じなのが悲しい。まーネタバレになってしまいますが、主人公のカナちゃんが非ヲタのトキに恋をするんだけれども、ヲタであることを理由に嫌われたらどうしようと一喜一憂する、最終的にはお友達から始めましょってことで丸く収まる、そんな話だ。

 言いたいことはただ一つ。「どうして、腐女子だってことを隠さなければならないの?」「男子だってエッチな雑誌見ることもあるでしょ、それと一緒」というようなカナちゃんの台詞に、大いに引っかかった、ということ(台詞は恐らく正確でないです。記憶に頼ってごめんなさい)。
 これが「どうして、ヲタだってことを隠さなければならないの?」ならば、多分わたしはイライラしなかった。だけどそのイライラの理由をうまく文章化できずにいたときに、「pe^le-me^le」の同人誌出版と商業出版を読んで、ああそうかと腑に落ちた。

とりわけコミティア関係者(だったと記憶する)による、「ボーイズラブ系の女性同人誌作家は、自分が描いているものが『猥褻物』だという認識が低い」との発言が印象に残る。

 元の文章は、「同人誌と表現を考えるシンポジウム」という集会のレポートなので、ここで引用するのはお門違いかもしれませんが、いやいやしかし腑に落ちた。中学生日記制作者は、BLが猥褻物(かもしれない)という認識が低いんじゃないか。

 ドラマの主眼が、「性について明るく語れる社会にしようよ」とかなんかそんなんであったなら、これもまた、ここまでわたしをイライラさせる原因にはならなかったと思う。しかし、番組を見ていた限りでは、単に「趣味嗜好によって誰かをいじめたり仲間外れにしたりするのはやめようよ」という主張をしたいがために、BLがネタとして引っ張り出されてきただけのように見えた。
 そこにイライラする。カナちゃんが腐女子であることは別に構わない。「あんたもエロに触れることがあるんだから、あたしたちがエロに触れたっていいじゃない」それもおk。だが、その主張を振りかざして、目の前でBL同人誌を読まれるのは、ちいっと不愉快。ここまで書いてきて、ようやく自分の気持ちに気付きました。押し付けにイライラしてんだわたしは。

 まあとにかく中学生日記は好きな番組であっただけに残念だし、あと、繰り返して言いますがわたしはBLは嫌いで百合のほうがどっちかというと好みです。
 プライバシーの垂れ流しによって迷惑を被ることについては、「ratio - rational - irrational」の電車内メイクを読んでいろいろ考えたりしたのですが、こちらについての考察をまとめるのは、また別の機会に。

070523追記
 「pêle-mêle」ラブロマンスとしてのボーイズラブにて、さらにご意見をいただきました。ありがとうございます。
 議論の主眼が「今回の中学生日記について」ではなく「BLというものについて」となってくると、BL作品をあまり読んだことがないくせにこれ以上意見を述べる資格は無いのかなあ。なので、そのことについての考察をまとめるのも、また別の機会に。

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